名称 スタッフ・テス株式会社/(有)テス・ビデオ・ワークス 
設立 1972年 
所在地 〒153-0044東京都目黒区大橋1-6-3日米商会ビルBF
資本金  1000万円 
従業員数   34名 
代表者  スタッフ・テス株式会社 谷岡 秀昌
代表者 有限会社テス・ビデオ・ワークス 大森 弘行
事業内容 舞台及び各種イベントの撮影と写真の販売。 
関連会社 (有)テス大阪、テス福島事務所 


略歴 (記:飯島坦)

 1965年
飯島 篤を代表としてISP飯島舞台写真研究所を東京都西多摩郡羽村町 (現:羽村市)を立ち上げる。 この時期は飯島 坦の東京芸術大学美術学部を 6年間かかって卒業を待っての出発 だった。
飯島 篤は自らアマチュア劇団を率いたこともあり演劇―新劇の撮影を目標にしていた。
村山知義先生の東京芸術座、劇団東演、そして山本安英の会を撮影していた。
飯島 坦はアマチュアの音楽―吹奏楽、合唱、マンドリン、ハーモニカ、ギターなどの定期演奏会そして合唱コンクール、吹奏楽コンクールなどの撮影に奔走する。


 
1967年 はじめてバレエ、モダンダンスの撮影に入る。
1971年
岡村昌夫(現・テス大阪社長)、谷岡秀昌、大森弘行のメンバーの入社の時期である。
1969年 はじめてバレエ、モダンダンスの撮影に入る。

   
1972年 社名をスタッフ・テス株式会社と法人化する。
テスはギリシャ演劇の祖―テスピスから頂きました。
この頃、飯島 岱がテス・トラベル・コンサルタンツによって文化面で世界との関わりを持ちたいという希望で合わせてテス・カルチャー・センターを発足させます。

1973年 ケニア国立劇場のメンバーの中からインターアフリカン・シアター・グループ14名を組織し、東京を中心に公演。シンポジウム等、大学を中心に文化交流を行う。

1975年 <野生のエルザ>の著者、故ジョイ・アダムソン婦人を招き講演会を開く。野生動物の保護のための「エルザ・アピール日本委員会」を準備、設立、活動  に入る。

1977年 Ballet & Dance「Tes Graphic」―写真を中心とした日本初のバレエ・モダン ダンスのグラフ誌を発刊する。発行者:飯島 篤、編集レイアウト:飯島 坦/故飯村 薫の布陣でのスタートだった。

1985年 スタッフ・テス(株)の代表取締役の交替、社長に飯島 坦、会長に飯島 篤としテスグラフの編集長を阿波根 治とする。私の役目は財政面での立て直しが主眼であったと認識していました。それ故海外との交流のための(株)テス・トラベル・コンサルタンツは全員退職し廃止としました。

1986年 ビデオ部門を設立し、テス・ビデオ・ワークスとする。

1989年 ビデオ部門を独立させ、(有)テス・ビデオ・ワークスとする。社長に飯島 坦、取締役に大森弘行/故飯村 薫、テスグラフ編集長と会長を 飯島 篤が兼任。

1990年 長年、大阪支社を仕切っていた岡村昌夫氏が社長となり、(有)テス・大阪と してこの年に新たな出発、現在に至っています。
創業者の飯島 篤が退社、AI写真事務所を設立しテスグラフ廃刊とする。


2012年
 スタッフ・テス(株) 社員25名、専属15名。
(有)テス・ビデオ・ワークス 社員9名、専属4名。


2014年  飯島 坦  没